The Double Affair
Act-2
偽者からもたらされた暗号と手引きによって、イリヤは難なくスラッシュの司令部に入り込んだ。
催眠弾で8人いた警備兵を倒し、牢に辿り着いた。偽者の情報で他の者を危険にさらしたくはなかったので、彼は単独行動を取っていた。
ナポレオンが囚われていると思われる、牢の扉錠をレーザーで焼き切り、扉を開いてそっと入り込んだ。
小さな簡易ベッドに横たわる、友人を発見するまで彼は呼吸すら忘れていた。
ドアが開いた音でナポレオンが大きく目を開き、イリヤはようやく息をついた。
「イリヤ?」
ソロが立ち上がり、友人の方へと近づいたが、ベッドに括り付けられている鎖に阻まれた。
クリヤキンは大股で近づき、彼を力いっぱい抱きしめた、それから自分をどうにか押しとどめた。
「ああ――ナポレオン。今度こそもう会えないかと思った」
彼は、パートナーからも抱擁が返されたことに嬉しさと驚きを感じた。ゆっくりと相手から離れて膝をつき、彼をベッドに繋ぎ止めている鎖を始末した。
身体を起こして、傷痕や打撲の跡も生々しいパートナーを見上げる。
「ここから歩いて出られるか?」
ナポレオンは既に扉に向かっていた。
「平気だ、行こう」
やや消耗してはいるものの、ソロは大丈夫なようだった。
「予備の銃はある?」
ナポレオンは相手を振り返った。その表情は、もっと何か言いたそうではあったが、彼等にその猶予は無かった。
イリヤは即座に、彼が見つかることを祈って持ち込んだナポレオンの銃を手渡した。ドアを抜け出て、パートナーのすぐ後を追う。
イリヤが警備兵を全て片づけていたので、彼等は何事もなく脱出できた。
クリヤキンは車まで辿り着く間、ずっと友人を片目で見守っていた。その男は力無く、腕で胸を抱えている。たまらなく手助けがしたかったが、手を差し伸べても彼は有り難がらないように思えた。
「傷はひどいのか?」
車に乗り際、彼はソロに表情を読まれないよう、口調を落ち着かせ早口で尋ねた。
ナポレオンは助手席のドアを開け、ゆっくりとシートに身体を預けた。
「治らない程じゃない」
彼は運転席に乗り込んできたパートナーを見遣った。
「どうしてここがわかった?」
友人の顔に奇妙な色が浮かんだのをナポレオンは見たが、浮かんだと同時にそれは消えてしまった。
車をスタートさせ、イリヤは答える間ずっと視線を行く手に向けていた。
「君の偽者を捕まえた。奴が、君の居場所を教えたよ」
イリヤは友人を一瞥した。
「ナポレオン、ゆっくりするといい。あと数分で本部に帰れる。医者の診察が終ったら、その時に話そう」
彼は懸命に感情を抑えようとしていた。これまでの全てがどんなに手ひどく自分の衝動を煽ったか、悟られるわけにはいかない。さっき抱きしめられただけで、ほとんど自分を見失いそうになっているのに。
ソロは座席に凭れて、少しでも楽な姿勢を探していた。表情は落ち着いていたが、声のトーンは感情に昂ぶっていた。
「イリヤ、この件が片付いたら、とても重要なことについて二人で話し合いたい。僕はこの数日色々考え続けていて……」
クリヤキンには友人が何を言いたいのかはともかく、これ以上続けさせるわけにいかないのは分かっていた。
自分のパートナーのことはよく承知している。これからの2日間に自分が何をしたか、ナポレオンに知られたら――もう自分に近づきもしないだろう。
「ナポレオン、約束する。落ち着いたらその時には、話す時間を作ろう」
それが嘘なのは分かっている。医師の診察が済む頃には自分はもういない。しかし、友人には出来るだけ真実を伏せておく必要があった。
彼を解放するためにイリヤがしたことをソロが知れば、言うまでもなく彼等のパートナーシップは終りになる筈だ。イリヤはその考えに打ちのめされながらも、そうする価値があったのだと自分に説き続けた。
友人が生きてここにいるのを目にするだけで、いかなる犠牲もそれに見合うものだった。
駐車場に落ち着くと、クリヤキンは車を走って周り、そっと、ゆっくりナポレオンを車内から出した。動きはのろのろとしていて、取り繕いようもないほど痛みが酷そうだった。
「ナポレオン、ほら、僕に掴まれ」
彼は友人の腕を取り、しっかりと肩に回させた。多分最後になるだろう、自分のパートナーと寄り添っている感触は心地よかった。
普段よりずっと時間をかけて、二人は医療部に辿り着いた。イリヤはそっと友人をベッドの上に降ろし、横になるのを手助けし、彼の手を柔らかく握った。
「ナポレオン、課長に君が戻ったのを知らせて来ないと」
彼はまた嘘をついた。友人の察しのいい視線から逃れるために目を逸らす。
「すぐに戻るよ」
ナポレオンは彼の手を強く握った。
「イリヤ、本当に話したいことがあるんだ。あと数分だけ貰えないか?」
医師が到着したので彼はそこで言い止め、友人から手を離した。
「すぐ戻ってくること。いいね?」
クリヤキンはドアに向かい、立ち止まって、この世で一番の親友と認めた男を最後に一目見た。さっときびすを返してドアを出る。
どうしようもなく零れてくる涙を止めようと唇を噛み締めた。
友人のことは嫌になるほど分かっているが、今までに多くのことを語り合ってきて、これがおそらくは最後の接触になるのだろう。これが終れば、自分はナポレオンの好意を失うのだから。
課長への報告は10分で終り、彼とその囚人を隠れ家に届ける車と警備が編成された。ウェイバリーはもう一度彼に思い止まらせようとしたが、その余地は無かった。
クリヤキンは、個人的にどんな代償があろうとも約束は守る人間であり、彼はその約束を遂行しつつあった。
***
ナポレオンは医師に一時間以上突っつきまわされたあと、イリヤが戻ってこないことに思い当たった。
負傷はしているが骨折はしていない、と医師も同意した。説得には手間取ったが、これ以上ここへ留まる理由の無いことを医師に了解させた。
留置所に立ち寄った後、ソロはまっすぐにウェイバリー課長のオフィスに向かった。何か重大なことが起こっているような嫌な感じがして、彼はそれが何なのかをはっきりさせる必要があった。
ノックの間もなくドアは開かれた。
「ミスタ・ウェイバリー」
ウェイバリーの視線が彼の全身に注がれた。その視線は、普段の鬱陶しげな表情とはかなり違うものだった。
「ミスタ・ソロ。会えて嬉しいよ。気分はどうだね?」
ナポレオンはその好意に満ちたまなざしに驚いてしまった。
「Sir、僕は大丈夫ですが、どうもパートナーの姿が見当たらないんです。イリヤはどこかご存知ですか?」
ウェイバリーの顔からそのまなざしが失せ、無表情を取り繕おうとする。
「彼は数日間本部を離れることになったよミスタ・ソロ。何か私の助言が必要かな?」
ソロは自分の痛む身体を椅子に落した。
「どういうことですか?まずイリヤは、どうやって僕を発見したかについて話そうとしなかったし、今度は僕に異常なかったことを確認もせず、挨拶もなしに出ていってしまった。更に、今さっき留置所に寄ってみましたが、僕の偽者の気配もなかった」
ウェイバリーは深く息をついた。
「ミスタ・ソロ。ミスタ・クリヤキンに別状はない。彼は、囚人と共にU.N.C.L.E.の隠れ家に数日留まることになった。彼が戻ってくれば君に全てを説明するだろう……」
彼はそこで慄然として言い止めた。自分が言ったことの、実はあからさまな意味に気がついて。
イリヤ=クリヤキンはU.N.C.L.E.には、少なくともこのNY本部にはもう戻るまい。この2日間のあとでは、彼はパートナーと会うことすら良しとしないだろう。
ソロの聡さの前に、隠し事をしておくことは不可能だった。
「Sir、どうしてイリヤが今隠れ家で囚人の面倒を見てるんです?彼は救出の任務を果したばかりで、多少の休みは貰える筈だ。一体全体、何が起こってるんですか?」
彼の胸に怒りが込み上げる。
「イリヤはどうやって僕を見つけた?僕の偽者と連れだって何をしようというんだ?!」
ナポレオンには全てが関連していると分かっていた。何故かは別にしても確かに分かっていた。
ウェイバリーから再び表情が消えた。
「ミスタ・ソロ。君にことの詳細を隠しておくつもりはないから、このレポートを読めばよかろう。ミスタ・クリヤキンはすぐに君の偽者を見破った。あの男はこのオフィスではっきりと彼の気を引いてきたんでね」
ソロの顔が強張った。
「イリヤに色目を使ったぁ?」
そんなことは不可能だ――彼は内心で思った。
「それで奴を捕まえたんですか」
ウェイバリーはこのとき、羞恥心なるものを感じていた。
「違う。ミスタ・クリヤキンは彼に自分を誘惑させるよう仕向けて、捕まえたのだ。要員を配置し、部屋に監視カメラをつけて。君の偽者はこれで逮捕され収監された。逮捕の後、彼はミスタ・クリヤキンをひどく恨んでいる」
その話を頭に巡らせ、ナポレオンは友人の行動に狼狽したが、また自分を助けようとする彼の意志を思えば胸が熱くなった。
「これぞ僕のパートナーだ……それで、どうやって、奴に僕の救出方法を喋らせたんです?」
ソロはだんだん落ち着きを失いはじめた。ウェイバリー課長が赤くなったのはかつて見たことがなかったのだ。
「君のパートナーは偽者とある取引きをしたのだ、ミスタ・ソロ。君の偽者は、君が捕らえられている場所についてと、救出方法についての詳細を全て話すことを了承した、2日間、U.N.C.L.E.の隠れ家に滞在する許可を得ることと引き換えに」
ナポレオンはしばらく不思議そうな顔を向けた。
「何故奴は、隠れ家での2日間を要求したんです?」
目の前に真実の光がよぎったような気がした。
「Sir、パートナーが僕を見つけるために了承したのは、本当のところ何なんです?」
「ミスタ・ソロ。君のパートナーは非常に君を気遣っていて、君を見つけるために死にもの狂いだった」
課長は自分の部下を見据えた。
「彼は偽者と隠れ家で2日間滞在することを了承した。更に、その2日間自分を好きにさせることも」
ソロはまるで殴られたように身を屈める。友人が自分を心配し気遣っているのは分かったが、これはやりすぎであり、とても認められない事だった。
「彼はどこです?僕が彼を止めなくては」
「ミスタ・ソロ。もう遅い。彼は既に行ってしまったし、私は君に、隠れ家の場所を喋らないと約束させられている」
ウェイバリーの眼がきらりと光った。
「しかし、その隠れ家の警備を追加するため、あと10分以内にU.N.C.L.E.のヘリが飛ぶことになっている。この任務に志願する気はあるかね?」
ソロは上司の言葉が終らないうちにドアを出て、ヘリポートに走った。彼にわかっているのは、もしこの週末を成り行きどおりに運んでしまえば、自分のパートナーは他の支部に去ってしまうか、全く姿を消してしまうだろうという事だ。
ナポレオンにはそのどちらも認められなかったが、またパートナーの考えることは、自分と同じぐらい確かに考えることも出来た。
***
イリヤ=クリヤキンは、この週末が容易なものでないことは分かっていたが、隠れ家に到着したとき、どんなに最悪なものになるのかを初めて悟った。
U.N.C.L.E.のちょっとした整形外科手術を施されて、その男はもはや自分のパートナーの外見を失っていた。少なくとも彼がナポレオン=ソロの偽者であったなら、イリヤはそれほど自己憐憫に陥ることなく、自分の夢がようやく叶ったと自分を騙すこともできたのだが。
完全に別人となったこの男とでは、それは全く不可能なことだった。
とはいえ約束は約束だったし、彼はその借りを返すことに意識の全てを向けた。
建物に到着し、警備員と警報装置がセットされたのを確認すると、イリヤにはもう先に進んで、もとは自分のパートナーと同じ顔をしていた男に会うしかなくなった。
男が約束を違えた場合のため、彼は武器の全てを外の警備員に託した、が、それから彼はゆっくり階段を上がった。
自分の処刑場に向かう気分であり、まさにその通りといえた。この週末が過ぎれば、彼の人生はそれで終わるわけだから。
クリヤキンはベッドルームへのドアをくぐったが、見回しても偽者の姿はなく、出口を振り返ったその時に背後から殴られた。
彼は床に転がった、頭部を、次には脇腹を強く蹴られて、その攻撃に抵抗しそうになりながら距離を取る。再度身体を丸めようとしたところで拳が顎と鳩尾に当たった。目の前が霞んでくる。
「お前のせいで、なにもかもめちゃくちゃになった」
顔に浮かぶ怒りが、男を荒々しく叫ばせる。
「お前は俺の楽しみを奪い、あげく破滅させた――今度は絶対に俺が、お前を破滅させてやる」
男はどこに当たったのかも構わず、ロシア青年を殴っては蹴り続けた。頭部に加えられた一発に気が遠くなって、イリヤの転がる動きが止んだ。気を失っている間に、身動きが出来ないほど殴られて血まみれになっていた。
身体が引き起こされたようだったが、暴力を止めさせるすべはなかった。
偽者は、さんざん痛めつけた顔をベッドに押し付け、前もって置いておいたカーテンの紐を手に取って、囚人の足や手をベッドに括り付けていった。血の巡りが遮られて、手首や足首が白くなるまでロープを締め上げた。
イリヤのポケットを探ってみると、唯一の武器としてポケットナイフが見つかった。それを使って、男は生け贄の背中からシャツを切り取る。
相手の肌に血が伝っていくのにも構わず――実のところ、より相手に苦痛を与えるのを楽しんですらいた。
イリヤが意識を取り戻し、ベッドに拘束されているのに身を捩って抵抗した。
「逃亡は企てない約束だった筈だ」
彼は血まみれの唇で呟いた。
偽者はもう一度彼を殴り、イリヤの髪を掴み、その白い喉が晒されるまで後ろに引きすえた。
ポケットナイフの先をそこへ持っていって、押し当てる。
「俺の望みは逃げだすことじゃない。俺が望むのは、お前に俺の受けた仕打ちの代償を払わせることと、それにお前を殺すことさ。そのあとでどうなろうと知ったことじゃない。警備の奴らも、ここに入った時にわかるだろうよ」
クリヤキンの表情から男は答えを得た。この青年に助けを求めるすべはなく、彼もそれを承知している。
イリヤのシャツが、荒っぽく傷だらけの身体から剥がされた。彼はもう一度身を捩り、拘束から逃れようとしたが、ポケットナイフが自分の柔らかい喉の肉を滑っていく感触に凍り付いた。
「動くな、」
激しい怒りの声が向けられる。
「俺はもっと楽しみたいんだが、やむをえない場合はその前にお前を始末する」
男はロシア青年の頭を乱暴に掴みあげた。屈み込んで下唇に噛み付き、新たに傷が開いて血が流れ出し、苦痛の呻き声が上がるのを聞いてせせら笑う。
血まみれの身体の上に跨って、ナイフを動かし、生け贄のウエストベルトを切り取り、ボトムをすっかり切り裂いて、均整の取れた肢体から取り去った。
背中に当てていたナイフを持ち直し、その続きを辿ってナイフを軽く下げていくにつれ、赤い筋が伝っていった。男の臀部の柔らかい肉の所でナイフを止める。
何の準備もせず、男は3本の指を強引に内部に押し入れ、なるべく多くの苦痛を与えるために、思いきり激しく突上げた。
全く予想していなかった暴行に、苦痛の叫びはこらえようも無く、彼は気を失った。偽者はその響きに嬉々となり、意識のない身体に目を凝らす。
「これはまだ手始めだぜ、My Young Friend。俺に出会ったのを後悔させてやる」
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