by Kate.D
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イリヤ=クリヤキンは、ベッドの上で足を組み、荷造りするパートナーをじっと見ていた。
「6週間ってのは、長いよな」
今思いついたように彼は言い、ナポレオンが視線を上げた。
「分かってる」
「それに、オーストラリアは遥か、遥か彼方だ」
わけ知り気な微笑が、ソロの口の端に浮かんだ。
「わかってるさ、
Душка
(君)」
「君がシドニー支部の建て直しに派遣されるなんて、承知するんじゃなかった」
イリヤが憂鬱そうに続けた。
「他にどうしようがあったって言うんだ?」
ナポレオンが指摘した。
「確かに……」
ソロがきちんとプレスされた白いワイシャツを一揃い選び出している間、イリヤはしばらくむすっと座り込んでいた。それから、ロシアンの表情がぱっと明るくなった。
「足が折れてて行けないっていうのは?」
ナポレオンが彼に用心深い視線を投げる。
「足なんか折れてないよ、見りゃわかるだろ?」
「今のところはね」
……というのが相手の嬉しげな答えであった。イリヤは首を伸ばしてあたりを見回した。
「去年U.N.C.L.E.のソフトボール大会の時に持ってた、野球のバットはどこに置いた?」
「イリヤっ!」
「ああ思い出した!玄関のクローゼットだ」
彼はベッドの端へと身を滑らせた。
「おいこら!」
イリヤが屈託のない目つきで見上げる。
「痛くないって」
そしてパートナーにこう請け合った。
「最初に麻酔銃で撃ってやるから、目が覚めた時にはすっかり終ってるよ」
「断る!」
ソロは断固として言った。イリヤはがっかりして座り直した。
「こんな商売してるわりに、君は悲劇的なまでに保守的だな」
ナポレオンは相手を疑い深い目で見た。彼の恋人が果してふざけているのかそうでないのか(いつもの事だが)自信がなくなって。
「僕は、自分の膝のお皿は大事にしときたいよ。どうもね」
「自分勝手な奴だな!」
彼はもういちど、不機嫌そうな視線を投げつけた。
ぽそぽそと中国語?で文句を言われている気がする。
ソロはスーツケースを閉じ、鍵を掛けた。
「そんなに悪く考えなさんな、」
それから自分のパートナーを宥めにかかった。
「電話やコミュニケーターで話が出来るし、思ったよりすぐに帰って来れるさ」
スーツケースを床に置いて、彼はロシアンの側に腰かけ、再度説得を試みた。
「……君がいないと辛いよ、
Querido
(可愛い子ちゃん)」
彼は柔らかくそう言い、イリヤのうなじを探るような指先で撫でた。
「まるで永遠のように思える。君無しで6週間も、どうしていようか?」
わびしげな視線を送る。
「僕もどうかなっちゃいそうだ」
「いいや、あんたは何ダースものオーストラリア人スパイ・グルーピーに取り巻かれて、その身体を付け狙われるんだ」
イリヤは不機嫌な声で予言した。
「南半球の奴らがみんな好き者だってのは有名なんだから」
「キット・キトリッジ嬢には、君がそんなこと言ってたって黙っておこう」
「どこかのいまいましい、色黒の『シェーラ』があんたに目をつけて、そして……」
「シェーラって?」
「オーストリアのスラングで、『女』ってこと」
彼は説明した。
「まあ、『chick』(ヒヨコちゃん)みたいなもんさ」
ナポレオンが彼を驚嘆の目で見た。
「君はどこでそんな事を憶えて来るんだ?」
そして尋ねた。
「それに、何で君は、僕がまだ女性に興味を示すと思うんだろうな?」
イリヤは構わずに続けた。
「その女はあんたを
アウトバック
(荒野)に引っ張り込んで」
更に悲観的な口調で続ける。
「あんたは女と二人きり。遠くでディンゴ(山犬)が吠え、足元でキャンプファイアが燃え、ビラボン(湖水)はいつもかわりなく水を湛え……」
「君、どうかしてんじゃないのか、分かってる?」
「それから女があんたをマチルダ(マットレス)に押し倒し、好きなようにされて」
「マチルダ?そりゃ何だ?」
イリヤはパートナーが混乱しているのを無視した。
「そんなことになったら、僕はあんたのソレをちょん切ってやるからな!」
「ぼく?なんで僕を!」
相手は悲しげに頷いた。
「あんたはもうぼくのもんだからさ、Polya。僕はあんたをシェア(共有)なんかしない」
「ちょっとひどかないか?」
「そしたらあんたは女にアウトバックに『
イェバット
』されずに済むじゃないか」
「でもそれじゃ僕は……いやもういい。とにかく、君の方はどうなんだ」
ソロが問いただした。
「君一人残して僕が出ていったら、本部で君を守れなくなる。女子部員全員と男連中の半分は君を狙ってるんだから」
彼はあわれっぽく首を振ってみせた。
「僕が連中を追っ払わなくちゃ、君が大変だ。奴らは一日、24時間君を取り巻いてるだろうからな」
イリヤがあからさまに表情を明るくした。
「そう思う?」
ナポレオンは彼の肩を掴み、ベッドの上に倒してその上に被さった。
「君はそんなこと考えるんじゃない」
くれぐれも、と彼は言った。相手は不服そうに口をすぼめた。
「じゃああんたはシドニー支局じゅうの秘書だの翻訳員相手に『
ナポレオン=ソロ〜U.N.C.L.E.から来た種馬
』をやらかしてもよくて、その間僕は6週間枕を抱いてなきゃいけないのか?」
ソロは考え込むふりをし、それから頷いた。
「ああ、そういう事だろうね」
イリヤが力いっぱい身をひねり、瞬きの間に彼等の位置は入れ替わっていた。イリヤがソロの上になり、下腹部に跨って、腰周りをがっちり掴み上げた。
「ナポレオン、あんたは、」
彼は問いかけを続けた。
「オーストラリアじゅうの、『レイプと略奪のライセンス』が欲しいってんだな?」
ソロは、わずか数インチ上にある、ぎらついた青い目に込められた物騒な光を目にし、自分が悪さをすることを、イリヤが心底懸念しているのか、もしくはふざけているのか一秒と掛けずに決めてしまった。
わずかに口元が吊り上っているのでわかった、イリヤは真剣ではない、すくなくとも完全には。そしてまた、とことんふざけているわけでもない。
気にしているのは確かだが――それはいつも確かだ――ナポレオンは考えた。このロシアンが、内心ではそんなこと事実無根だと思っているとしても。
この不滅の愛情と熱意に逆らう気になるのはもっての他だ。イリヤの性格として、ソロがおそらく不貞行為をはたらくだろうという事が、彼を積極的にしている。
というわけで、彼はもっともらしく流し目を作った。
「いいじゃないか?」
そして尋ねた。
「僕はまだオージー娘とやったことはないと思うし」
このセリフは効いた。彼の表情から気遣いが消え、愉快そうな、目的のはっきりした目の輝きが取って代わった。彼が調子付いてきたのがナポレオンにはわかる。
「大陸ひとつをまるごと見落とすなんて、あんたもぐうたらだな、ナポレオン」
イリヤが喉を鳴らす。
「ならあんたはサラサラ金髪の――あんたはいつも金髪にご執心だよねえ?――女に、こうさせたいのか?」
ソロの腰から片手を離し、ゆっくりと腕に沿って付け根へと撫で下ろし、服の上から胸を、腹部を過ぎて、彼の性器を布越しに包み込んで、思わせぶりに力を入れた。ナポレオンの身体が、無意識に反り上がる。
「何で君は、僕が、女だけに興味があると思う?」
彼は掠れ声で言った。
「僕はね、オージー男のエージェント達にも、特務課員とはどのようなものかお手本を見せなきゃなんないんだぜ」
自分を掴んでいる掌の方へ、挑みかかるように身を押し付けた。
イリヤがパートナーの上に全身で乗りかかり、鼻先を近づけて相手の耳殻を舐め上げた。ソロが抗いようもなく身を震わせる。
「じゃああんたは、男も女も欲しいんだ」
言葉の合間に舌先で、なぶるような軽いジャブを繰り出しながら、イリヤが囁く。
「その他には、Polya?カンガルーとかさ、」
自分の上にある昂ぶった、物欲しげなボディの感触に、ナポレオンはひくりと身を捩る。理性を振り絞って、彼は言い返した。
「カンガルーは嫌だな、蹴るから」
それから、イリヤが返事をする前に、
「でも、コアラだったら……」
熱い息が彼の首にかかり、温かい濡れた舌先が、肌で円を描いた。
「コアラは噛むんだよ、Polya」
イリヤが息をつく。
「でもまあ……僕だって」
喉元の柔らかな部分に鋭く、痛いぐらいに歯があたり、ナポレオンの動悸が早くなる。
イリヤがこうなったら、彼はもう仰向けになって愉しむより他にしようがない。
「早いところ、あんたに僕を忘れないようにさせないとな」
イリヤは呟き、自分の硬くなった昂ぶりを手で撫で上げ、相手のそこへと継ぎ入れた。 ソロが呻き声をあげる。
「憶えとくよ、シドニーに行ったら僕は、」
ソロが先をねだる。
「なるべく高潔に(upright)仕事するように、する……」
何度も、からかうように腰を回す。
「そう、君は立ってる(upright)ことになるだろうなぁ、Polya」
とびきり皮肉っぽい声音で、イリヤが囁いた。
「結果的に――座るのがつらくなるだろうから」
この先には更に白熱した時間が待っている……ナポレオンがぞくりと身ぶるいした。
「イリヤっ!」
彼は喘いだ。
「僕がほぼ丸1日、飛行機に座ることになっているのを忘れないでくれよ!」
「へぇ?」
ナポレオンをつま先まで揺さぶり上げ、満足感に浸る。
「じゃあせいぜい、椅子のクッションが上等なのを祈ろう」
「ああぁ、神サマ!」
彼は心からそう祈った。
「あと数日は、動くたびに君が僕を思い出すようにしたいんだ……」
彼はなおも甘い攻めを続けた。
「や、野球のバットを取って来るには遅いかな?」
唇と唇が重なり、呼吸は困難、思考は不可能になった。
「そう、だね、Polya」
イリヤが彼の口内に囁いた。
「もう、とっくに手遅れだよ――・・・」
***
いくらか時間が経過して、ナポレオンはようやく我に帰り、片肘をついて、恋人の落ち着いた表情を見下ろした。
「Illyusha、君が『シェアはしない』って言ったのは本気?」
青い瞳が瞬いたが、イリヤにはその問いにそのまま答えることは出来なかった。
「Do you mind――気になる?」
「いいや……」
彼はゆっくりと答えた。
「でも君は、僕がその……任務とかの時に、そんなこと言わなかったろう?」
「仕事ならね」
相手はぽつんと言った。
「時によっては、それも必要だっていうことは解っている。僕が文句を言いたいのは、それ以外の、規程外の事柄についてで、」
それからまた尋ねた。
「気になる?」
ナポレオンが微笑んだ。
「いいや、Beloved(最愛のひと)。ちっとも構わないよ」
彼は柔らかくそう言い、それは本当だと思った。イリヤが嫉妬したり、独占欲を感じていると考えるのは……気分が良かったし、心が和んだし、おそろしく刺激的でもあった。
「それに、お互い様だし」
彼は続けた。
「もし君が他の誰かとベッドにいるのを見つけたら、男だろうと女だろうとそいつをぶっ殺してやる」
「僕じゃなくて?」
イリヤが単に不思議そうに言った。ソロが首を振った。
「違うよДушка、君にはまた別の――もっと独創的なお仕置きを用意しよう」
「君が独創的な気分になったとして、いくらとんでもない奴になっても、脅しにも何にもなってないと、思うけど」
彼はあくびしながらそう答え、もうすこし質問するため意識を引き上げた。
「君はどうだい、ナポレオン。だいじょうぶ?それとも痛む?」
「いや、平気だよ」
彼はそろりと動いてみて、顔をしかめた。
「でも君の思った通りになったな。しばらく動くたびに、君のことを思い出しそうだ」
「それは結構……」
イリヤは半分寝入りかけながら、もう一度ナポレオンの腕の中にもそもそと入り込んだ。
時おり、ソロお気に入りのロシアンが見せる荒っぽさは、彼を驚かせることがある。驚かせ、嬉しがらせ――何がなんだかわからなくなるほどに自分を感じさせてくれる。
(畜生、長い6週間になりそうだ。)
THE END
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