FEVER
Act-2
ナポレオンが柔らかな、闇の中でもしっかりした足取りで浴室を出ていった。
待っている間、イリヤはタオルで身体をこすり、漫然と身体を乾かしていたが、困ったことに彼は既に凍えはじめていた。大して長い時間は経っていないのに、その間に全身に鳥肌を立てていた。
ほんの5分後、見慣れたパートナーのシルエットが、戸口の薄青い四角形の中に浮かんだ。
「いい知らせだよ。これはTHRUSHの悪巧みのせいじゃない」
ソロは報告した。
「ごく普通の、昔ながらの『停電』だ。嵐で変電機がやられたんだな。この辺り一帯は数ブロック先まで真っ暗で、車も徐行運転になっている」
話しながら、ソロは忙しくタオルを動かして、濡れてもつれたイリヤの髪を丁寧に乾かした。
「よしと――バスローブを渡そう。くそ、君はもう震えてるじゃないか。こっちに来て」
イリヤが意識しないうちに、彼は引き起こされ、温かな腕と胸に包まれていた。その、とろけるような心地よい抱擁に、彼は自分の腕も筋肉質の体躯に巻き付け、体温を求めて抱きついた。
手のひらが心配そうに、彼の裸の背をさまよう。
「大丈夫か、Illyusha?」
「ああ……」
「大丈夫じゃないだろう」
ソロが異議を唱えた。
「力が抜けて、立つのもやっとのくせに」
「じゃあ何でわざわざ聞くのさ」
広い胸に顔を埋めて、瞼を閉じたままイリヤが呟いた。
ソロが不承不承ながら、吹き出した。
「マゾの気でもあるのかな……これを着て」
ナポレオンは、手にした分厚いテリクロス地のローブに袖を通させ、腰でしっかりと紐を結んだ。
「さて、ベッドに戻ろうか」
浴室を出てみると、アパートメントの他の部屋は、異常なまでに冷えこんでいた。
「電気が切れて、暖房も切れたか」
言いながら、ナポレオンはさらに気がついた。
「暖房がしばらく使えないとなると、ここは目茶苦茶に寒くなるぞ」
暗闇の中で歩を進めながら、イリヤはただ頷いた。一度震えはじめたら、もう止めることは出来ない気がして、彼は全精力を傾けて、震えないように頑張っていた。
しかし駄目だった。彼は身震いしはじめ、すぐに抑えることもできなくなった。風呂の温もりは消え失せ、骨の髄までじっとりと冷たい。
歯の根があわなくなって、彼はおぼろげに、寒さへの抵抗力が無くなっていると考えた。インフルエンザにやられた二日間で、すっかり身体が弱くなり消耗してしまったのだ。
ナポレオンにもそれは分かったらしい。やや乱暴なぐらいにスピードを上げて、彼は年下の男を闇の中で引っ張り、ベッドの中に放り込んだ。イリヤは身体の向きを変えながら、不安げに視線を上げた。
「ナ・ナ、ナポ、ポ・ポレ、オン?」
ほとんど真っ暗闇の中、心地よい手が触れてきた。
「すぐ戻るよ。もっと毛布を取ってきて、懐中電灯を探してくる。こんなこと考えてもみなかった」
イリヤはまた頷き、上掛けの中に潜り込んで、震えを止めようと虚しい努力をしていた。両腕を身体に巻き付け、ボールのように丸まって、抑えようもなく震え続ける。
わずかに機能している思考の片隅では、彼はまださっきの自分の反応についてをいちいち考え直していた。
つま先の感覚がなくなり、もう指や耳もかじかんできた。歯がカスタネットのように――なんだか愉快だ――カチカチ鳴っている。自分の
肝臓
(liver)も、震えたり(shiver)するものかしらん……。
ぼくは爬虫類みたいな変温動物だ、と彼は空想することにした。外気温の影響を受けて体温も下がるんだ――推論遊びに没頭していて、彼はナポレオンが戻ってきたのも気がつかなかった。
自分の名前が呼ばれ、その急き込んだ調子から、気にしていなかったが、点呼されたのはどうもこれが最初ではないと思い当たった。彼は相手を見上げようとした。
「ハァ?」
ナポレオンの手が肩を掴み、心配そうにゆさぶった。
「イリヤ!どうしたんだ?」
彼は質問について考えた――もしくは、考えようとした。
「……たし、は、トカゲ――」
彼はごにょごにょと語った。
「ああ、
やれやれ
、」
ナポレオンは、腕に抱えた毛布を椅子の上にどさりと落とし、振って広げて、手早くベッドの上に、パートナーの丸まりこんだ身体の上に掛けていった。一枚、二枚、三枚……暖房の切れた室内は、急激に温度が下がっている。測ってみるなら既に華氏
60度
(15.5℃)近くまで下がっており、間もなく寒さはさらにひどくなるだろう。
彼はまだ濡れたままの服に身震いし、服を脱いでどこかその辺に放っていった。彼の目は闇に慣れていて、たっぷりしたシルクのローブ――ジャクリーンか誰かが、去年の誕生日に贈ってくれたやつ――を探し出して身につけ、ベッドに潜り込むことができた。
すぐにイリヤの身体に手が届き、震え続けている男にぴったりと寄り添った。
こいつは痩せすぎだ、とナポレオンは目を細めて考えた。どこもかしこも薄い筋肉と骨ばかりで、こういうとき保護膜になるものが何もついていない。
彼は身体をスリムな身体に巻き付けて、自分の体温でくるもうとした。
腕に抱えたサナギのようなものから、彼はイリヤのぼんやりした感謝の呟きを聞き、より身体を密着させた。
触れ合っている部分の皮膚は、冷たくじっとりとしていて、改めてナポレオンは懸念に眉をしかめた。自分のパートナーは、病のために体力を消耗しきり、体温の調節も出来なくなっている。
イリヤをもっと、熱源のそば――要するに自分自身の近くに置かなくてはいけない。彼は片手を抜いて、自分と、イリヤのローブの紐をほどいた。
それから、ひとつ深い息をつき、ローブの前を開いて、イリヤを裸の胸に押し付ける。冷たい感触に少し身震いしながら、ローブの両端を自分達の周りにしっかりと巻き止めた。
ロシアンが身を捩って、必死で温もりを求め、自分の身体をパートナーの全身にくっつける。吸血鬼のように顔を喉元に埋めて、熱が溜まっている部分を探りあてた。
ナポレオンの腕は、ローブの布地の下で相手の身体をしっかりと抱き、絶え間なく手を動かして、冷たい素肌を撫で、体温を取り戻させようと試みた。と同時に、彼は懸命に、掌に伝わる引き締まった、ベルベットのような身体の手触りの良さを意識するまいと試みていた。
有り難いことに、数分するとその効果が表れてきた。激しい震えが納まって、だんだん途切れ途切れになり、浅いものになってきた。イリヤの肌に温もりを感じるようになって、ナポレオンがさっき心配していたような、冷たい湿っぽさはなくなってきた。
彼は年下の男が、長い、心地よげな溜め息をついて、パートナーの抱擁に少し身体をくつろげ、最後の震えが引いた時、満足げに身を摺り寄せてきたのを感じた。
しかし、今度は新しい問題が出張ってきた。取り戻した暖かさは、取り戻した……熱さへと変わってしまった。
ナポレオンが可能な限り、理性の力を総動員しても、自分にくっついているイリヤの感触の快さを、それはもう素晴らしい感触の快さを否定することは出来なかった。
頬を撫でる柔らかな髪、押し付けられる痩せた筋肉質のボディ、掌の下の、脇腹や臀部の素肌の感触……半ば勃ちかけた昂ぶりが、自分のそれに押し付けられている。
彼は深呼吸をして、THRUSHのことを考えた。しかし役に立たなかった。彼は絶望的に両目を瞑った。
(あぁ神様)
自分はこの状況を何度も夢に見て、思い描こうとしたことがある。自分に寄り添った、自分の下になったイリヤはどんな感触かと。彼を腕に抱いたら――抱かれたら、どんなだろうと。
そんな罰あたりな事を考えたせいで、既に勃起していた彼の昂ぶりは弓なりに張り詰め、イリヤが短く息を呑むのが聞こえた。
彼はすくみ上がり、腕を緩めて身を返そうとした。イリヤの手に阻まれて、ナポレオンは混乱しながら視線を落とした。
「イリヤ?」
かすかな光を捕らえて、彼は光を湛えた青い瞳が、自分をじっと見詰めているのに気がついた。そしてイリヤが顔を上向け、唇と唇が、軽く触れ合った。
唇が触れる、覆う、押し付けられて……開く。
ナポレオンは固まったまま、腕の中の引き締まったボディの隅から隅までを、探るように自分の下で開かれている上下の唇を、悩ましげに意識した。
(You can't do this――駄目だったら!)
頭の中の声が言い張る。仰天しながら。
(相手はまだ半病人なんだぞ……恥を知れ!!)
自分を叱咤し、彼はもう一度イリヤから離れて、向きを変えようとした。今度は、イリヤは彼のローブの前を掴んで引き止めた。
「どうして?」
彼は囁き、ナポレオンにはその『何故』がどういう意味なのか分かっていた。彼はどうにか、詫びるような笑みを作った。
「ごめん、Illyusha。僕はどうかしてるんだ。でもこんなことしてる場合じゃない」
腕が上がってきて、彼の耳を――乱暴なぐらいに掴み、ぐいと揺すった。
「君よりも僕の方が、よく判ってると思うね」
そう"諌め"られた。ナポレオンは驚愕した。
「いいのか?」
「こうしてると気持ちがいいんだ、ナポレオン」
恥ずかしそうに言い、彼は手を下にずらして、腰に巻きつけ、パートナーの広い背にさまよわせた。
気がつけばナポレオンは、今は暖かくなった身体の上に被さって肘をつき、自分のパートナーで親友の、深い青い瞳を不思議そうに見つめていた。
相手の顔にゆっくりと笑みが広がる。彼は自分達の関係に、もうひとつ称号が書き加えられた気がした。
パートナー。
親友。
そして恋人。
「本気なのか?」
答えが知りたくて、彼はもう一度尋ねた。
「君は単にちょっと……」
唇に指が触れて、彼は言い止めた。
「まるっきり本気だよ」
「それに、僕は男だ」
相手は唇の端を、愉快そうに吊り上げた。
「わかっている」
何かを含んだ口調……ナポレオンは口を開いた。
「男との経験があるの?」
相手は頷いた。
「ケンブリッジ時代に。『Le vice Anglais――イギリス人の悪癖』とか呼ばれてたな。それだけ」
蔭った瞳の中に、ほんの僅かな何かが浮かんでいる。不審か、不安か?さっきの告白で、ナポレオンがショックを受けたかもしれないと恐れているのか?
年上の彼は、間を置かずに長くゆるやかなキスを落として、相手の怖れを鎮めてやった。
「君だけじゃないよ」
彼は柔らかく言ったが、相手は驚いた。
「あんたが?」
彼は頷いた。
「カレッジにいた時と、朝鮮で」
「知らなかった」
ナポレオンは少し笑った。
「――だね。君は、自分からこんなお喋りはしなかったろう?」
この新鮮で、わくわくするような宝物をすみずみまで知りたい、と彼はもういちど顔を引き下げた。
相手の目の端から口接け始める。唇に、濃い睫毛が軽く触れた。
(んん、いい感じ……)
さらに唇を動かして、こめかみの浅い窪みを探る。絹糸のような、赤ん坊のような髪……そこにキスすると、ちょっとくすぐったいような、さらさらした感触が唇に伝わる。
顔を摺り寄せて、耳元に埋め、形を確かめるように舌先で耳を舐めあげると、相手が小さく仰け反った。反応に気を良くして、彼はその耳たぶを唇で挟んで舐め、味わい、感触を見た。
何という柔らかさ――赤ん坊のアンヨのように。タフな自分のパートナーに、こんなにかわいらしくやわらかな部分があるのが奇妙にすら思える。
素晴らしい耳の輪郭を、舌でなぞっていく。複雑微妙に渦を巻くそのラインを辿りながら、貝殻のような、というのは陳腐ではあるが相応しい形容詞だ、と彼は思った。
イリヤがぞくりと身ぶるいする――寒さのせいではなく。
「君は何も気にしなくていいんだよ」
呟くようにナポレオンは言い、再び相手を探りはじめた。辿り着いた耳の穴に舌を差し入れ、ぴりっとした味わいと、彼のタッチが否応なく引き出した喘ぎ声を楽しんだ。
「ナポレオン……」
「んっ?」
彼は目を瞑り、この新しい経験に没頭しきっていた。耳の後ろの暖かい窪みに鼻先を埋めて、優しく探り――今まで未知だったその部分を胸に刻む。
イリヤがこらえようもなく身を震わせる。相手の息遣いひとつひとつが愛撫となって、全身を揺さぶる。彼の手はナポレオンのローブを掴んでいたが、震えは止められず、息遣いは荒く熱くなっていた。
「き、君は……僕になんにもさせない気か……」
彼が囁いた。ナポレオンは彼をキスで黙らせた。
「今は駄目、」
開いた唇の中に、直に呟く。
「今回は、僕にさせて欲しいな、Illyusha」
「今回?」
大きく開いた瞳が問い掛けている。
「次の時には、是非お願いしたいね――いいかい?」
「ああ……うん、」
吐息と共にそう言い、彼はパートナーを引き寄せ、両方の手で顔を挟み捉えた。
無意識に彼の両脚がひらかれて、ナポレオンがその間に入る。まるで何千回もそうしていたかのような自然さで。欲望に硬く昂ぶった彼等の鼠蹊部が触れ合って、イリヤが呻いた。
ナポレオンは、ゆっくりと自分の腰を擦り付ける。パートナーの……恋人のそれに。そう考えただけで、彼は危うく欲望を爆発させそうになった。
今夜はあまり長引かせても、無理をさせてもいけないと彼は承知していた。激しい情事に応じられるほど、イリヤは回復していない。
強烈な欲望に脈打つ自分自身を感じて、彼は笑いが込み上げてくるのを止められなかった。
イリヤがパートナーの唇に、軽く噛み付いた。
「何がそんなにおかしい?」
むっとした顔つきを装って、彼は尋ねた。ナポレオンは彼にもう一度キスして宥め、甘く柔らかな口腔を存分に味わった。
息が苦しくなるまで口接けは続き、彼はひとつ息をついてから言った。
「今の君が、あまり激しいことに耐えられなくて良かったと思っただけさ、僕はもう限界近くて、どれだけ持たせられるか分からないから」
イリヤが奇妙な顔をして笑った。嬉しそうに。
「本当か?」
片手を捉えて手のひらに口接け、それから下に持っていった。腰を少し引いて間を空ける。
「確かめてごらん」
ためらいがちに、そろりとイリヤは張り詰めたそれを手に取り、ナポレオンがその感触に身を捩って呻いた。
構わずにイリヤは、興味深げに形を探り、確かめていく。指先で軽くラインをたどって、ヘッド部分を丸くなぞり、先端へのカーブに沿って動かす。ナポレオンが耐えられなくなるまで、小さいスリットの部分を指でつついた。
ナポレオンは腕を持ち上げて、イリヤの手首を掴み、彼を抑えた。目を固く瞑って深呼吸し、懸命に意識を集中させた。イリヤは分かった風に黙っている。
程なく、ナポレオンは呼吸を落ち着けて皮肉っぽい笑みを作った。
「言った通りだろ?」
「別に、止めなくてもよかったのに」
イリヤが文句を言った。
「君が達くところを感じたかった」
ナポレオンの昂ぶりが、また跳ね上がるように反応した。
「……それもいいけど、」
息を詰めて彼は言った。
「でも、僕は君を先に達かせたいんだ」
ほとんど真っ暗闇の中でも、白い頬が赤らむのが彼には分かった。
「たぶん――君を先にした方がいいと思う」
イリヤが言った。
「僕は一度イッちゃったら、そのあと少しでも起きているのは無理そうだから」
パートナーが柔らかく微笑みながら彼を見下ろす。
「どうしたら、無理って?」
相手が恥ずかしげに首を振る。ナポレオンはまた含み笑った。
「なら僕は、どうしたらいいのかな?」
愛しげに問いかけ、すぐそばの羽毛のように柔らかな髪を梳いた。
「しばらく、されるままになってればいいんだ」
期待に満ちた目つきで、イリヤが命じる。
「それじゃ……」
逆らえないように、イリヤは相手の唇を自分のそれでもう一度塞いだ。
少しの間、思う様口接けを続けたあと、イリヤは顔を引いて、暖かな光を目に宿したパートナーの顔を眺めた。
手を伸ばし、指先でゆっくりと日焼けした顔を辿る。唇の、鼻の、眉の、そして顎のラインを、記録するかのようになぞっていった。
ナポレオンはそれを見守りながら、気まぐれな唇の動きを楽しみ、このロシアンが集中している時の、かるく眉をひそめている様を愛しいと思った。
とても真剣で、激しくて……そして美しい。
その刹那、彼はあることに、ずっと前から判っていてもよいことに、気がついた。
「愛してるよ」
勝手に言葉が出てきた。
少し下にある、相手の顔には驚きはなく、彼の言葉を静かに受入れていた。
「わかってる。それに、僕も君を愛してる、Napasha」
もう一度キス。長い間、パートナーシップの下に封印されていたものが、今は完全に、はっきりとわかった。とても容易に――そして驚くほど自然に。
今のイリヤはすぐ疲れてしまうだろう、とは判っていたが、この強情なロシアンが、息が続く限りそれを否定するだろうことも判っていた。
けれどナポレオンには、指先に伝わる動悸の乱れや、休みなく自分の脇腹を、背をなぞっている手の、ほんの微かな、やっと感じるぐらいの震えから感じられたし、愛おしげな眼差しのまわりに浮かぶ蔭りから見て取れた。
なので、彼がこの夜が永遠に続けばいいと思っていても、終りにしなければならなかった。また別の夜が、別の日がある……望むならば機会は無限にある。
「達かせてくれ、Illyusha」
彼は一言こう言った。
「いいよ――喜んで」
昂ぶる気持ちを小さな笑みに隠して、イリヤは答え、もういちど手を下にずらした。探るように胸板を撫で、平らな下腹から……。
今日初めて知った、そして既に馴染んだ暖かな手が、彼を捉え、容赦無く絶頂へと追い立てる。
「ア……Illya……」
イリヤは、黙々と手を動かし、嬲り、責める――自分の手管を証明するかのように。
そして彼のパートナーは見る間に昂ぶり、耐え切れずに呻き声をあげる。身を震わせながらも、年下の彼の上に倒れ伏してしまわないように、ひたすら意識を保っていた。
思ったとおり、彼は長く保たなかった。ほどなく彼は激しくのたうち、双珠が吊り上り、股間が焼け付くようになった。もう引き返せないところまで来ているのが、自分でもわかる。
「イリヤ……あぁ、……もう、いっ――」
彼は身を仰け反らせ、歯を食いしばり、目を瞑った。全身が引き攣ったようになり、永久に続くのではないかと思うほどに激しく絶頂した。
イリヤの巧みな手が彼を煽り続ける。囚われのパートナーは、最後の一滴まで、発作のような絶頂が納まりきるまで精を吐いた。
目の前がふらつき、息も絶え絶えに彼は枕の上に倒れ付した。イリヤの腕に抱えられ、イリヤの唇が髪に触れ、イリヤの柔らかなロシア語の囁きにくるまれ、イリヤの――…。
数分して、ようやく喋れるようになった彼は、片腕をついてパートナーを、畏敬とも言える眼差しで見下ろした。
「Illyusha……」
言葉では言えず、彼はただ無言で首を振った。
イリヤの顔に、分かったような暖かい笑みが浮かび、ナポレオンの頬を優しく撫でた。
「君は、素敵だ」
彼は囁いた。
「Душка……My Soul」
ナポレオンはこの時思った。自分は絶望的に、どうしようもなく、また逆らいがたく自分のパートナーに恋をしていて、そして信じられないことに、その思いは報われたのだと。
この奇跡を思うと、息がつまるほどの驚きを感じる。しかし、もうびっくりばかりしてはいられなかった。自分にはすることが……この世の何よりもやりたいことがあった。
この美しく、エキサイティングで、官能的な恋人から、普段の自制心を奪い取り、最高に感じさせること。これからの事を考えると、彼の目は光りを帯びた。
イリヤがそれを見ていて、彼自身の瞳も期待に輝く。
「何か悪巧みでもしているみたいだ――何を考えてる?」
ナポレオンは自分より少し小柄な男の上になり、ゆっくりと、深く彼に口接けた。
「これから君にやりたいことを全部、考えてる、」
彼は低い、熱のこもった声音で言った。
「君さえよければ(up to it)、すぐにでも」
イリヤが腰を持ち上げ、彼の固い昂ぶりが、物欲しげにパートナーの鼠蹊部を擦りあげた。
「僕はもう、“up”してるよ、Napasha」
喉を鳴らすように、彼は言った。
「気がつかなかったの?」
「あぁ、そうだね。分かってたよ……」
今度は彼が、恋人を手に取り、初めてそのすんなりとした漲りを、ふち取りのある頭部の完璧な曲線を、そしてベルベットのように柔らかな皮膚の下の、吊上がった丸いものを掌に感じた。
その感覚だけで呼吸が早くなり、驚いた事に、萎えた自分の性器がまた勢いを取り戻してきた。
イリヤはにっと笑って、呟いた。
「僕に悪さをしかけるのは、とっくに分かってた」
「それは大変嬉しいね……」
ナポレオンは相手のへらず口を、簡単かつ適切な方法で――綺麗な口元を、自分のそれで覆って黙らせた。唇を開かせ、その柔らかな舌を、喋るより他のことに使ってやる。
イリヤが長い、満足げな息をつき、うす目をあけて彼を見た。
間をおかずナポレオンが、自分の『計画』を実行に移す。舌を深くさぐり入れる動きに同調させて、ゆるゆると手を動かし、相手を昂ぶらせていった。
すぐにも彼の下でイリヤが身を捩り、全身でその先を、絶頂を乞い願う。喉の奥から低い喘ぎ声がこぼれ出て、自分の背中で、何をするでなく手が開かれては、また閉じる。
ナポレオンは満足げな声でひくく笑った。
「その調子だ――悦いかい?僕のIllyusha?」
「あ、あっ……ぁあ、Pasha――いい……!」
身をのたうたせ、細い喉を一杯に仰け反らせて、彼は更に高く、爆発寸前まで上り詰めていった。
もう一回、二回……馴れた手つきで彼の双珠を手に取り、柔らかく揉みしだくと、堪らない泣き声があがる。もう一度柔らかくそこを愛撫された瞬間、切れ切れのむせび泣きと共に彼は絶頂した。
爪跡が残るほど――二人とも全く構っていなかったが――必死にナポレオンにしがみつき、止めようがないほどに激しく、痩せた体が身悶える。それから、ぐったりと疲れきって、彼はベッドに仰向けに倒れた。目を回したように瞼を閉じて。
ぎくりとして、ナポレオンは彼を激しくゆさぶった。
「イリヤ?!」
青い瞳が瞬いて開かれ、どうにか彼を捉える。ソロはものすごくほっとした。相手の顔にけだるい微笑みが浮かぶ。
「大丈夫だよ、ナポレオン。ちょっと……」
もう一度微笑んで瞼を閉じる。
「後始末は僕がやろう、」
あやすような口調で、ナポレオンが言う。
「それまで、起きていられる?」
「保証は、出来ない……」
ナポレオンはベッドを滑り出て、勘で浴室に向かった。お湯にタオルを浸して、手早く自分を拭ってから、眠りかけの恋人の所へ戻った。
イリヤの台詞は冗談ではなく、相手は既に寝入っていた。彼はその姿を面白そうに眺めた。この男は気絶寸前だったのを、頑張って残りの意識をかき集めて起きていたわけだ。
温もりが逃げていかないようにしながら、ナポレオンは上掛けの下に戻った。彼が半ば乾いた下腹をそっと拭うと、相手は眠そうな抗議の唸り声をあげた。
そして、彼はタオルを椅子のある方向へぽんと投げた。今はどこに着地しようが構っていられなかった。
身体を伸ばすと、腕の中にイリヤが来た。横向けに身体を丸め、満ち足りた吐息と共に、心地良さげに寄り添う。
「おやすみ、Napasha……」
彼の呟きは、半ばで眠りの中に消えていった。ナポレオンはその絹糸の髪にキスを落した。
「お休み、愛しいひと」
ゆるやかに、深く、落ち着いてゆく息遣いに耳を傾けていると、計りようもないほどの喜びが彼の胸に満ちる。その時、彼ははたと思い出した。身体を起こし、眠っている恋人を軽く揺すった。
「Illyusha?『
トカゲ
』って一体何のことなんだ??」
THE END
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