The Double Affair
by Ginny
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Act-1
何かがおかしい。
ウェイバリー課長のオフィスに入ってすぐ、イリヤはそのことに気がついた。
辺りを見回しても、すべてがいつもどおりだった。ナポレオンは彼のいつもの席に座って、課長と穏やかに話をしている、が、イリヤは感じた。 何かが、おかしいのだ。
「おはようミスタ・クリヤキン」
ウェイバリー課長は悠然としている。彼が更に話し出すより、電話のベルがそれを遮った。ウェイバリーは受話器を取り、二言三言喋ってから立ち上がった。
「諸君、済まないが暫らく待ってくれたまえ。別口でちょっとしたトラブルがあった」
ウェイバリー課長がドアから出てゆき、残ったイリヤはその朝初めて、自分のパートナーと視線を合わせた。
彼は、友人を凝視した。ソロはここ5日間ある任務に付いていて、その間今まで全く交信が無かった。こんなふうに離れているのは、イリヤにとってだんだん辛いことになってきていた。
ナポレオンは、ウェイバリーの背後でドアが閉まった瞬間に立ち上がり、パートナーの座る椅子の前に歩み寄って膝を屈めた。
「おはよう、Tavarisch<同志>」
彼は、はにかみがちに、何かを期待するような表情を浮かべて言った。
「――寂しかったかい?」
イリヤは内心で友人から飛びすさるのをこらえねばならなかった。彼は肝を潰した――こんなことはかつて起こったためしがない。何かが、絶対におかしい、が、それは何なのだろう?
素早く友人を観察すれば、全ていつも通りではあったが、その全てが彼にある答えを促している。
「ナポレオン、君がいなきゃいつだって寂しいんだよ。ね?」
イリヤは、偽の微笑みを顔に浮かべた。
ソロはその不自然さに気付かなかったようで、イリヤの腕に手を差し伸べ、柔らかく揉んだ。
「ああ、僕も寂しかった」
彼の声音が深く、掠れてきていた。
「あとで、昼食の時に抜け出さないか?」
イリヤは友人の顔に浮かぶ表情と声の調子に身震いした。これで彼には、何がおかしいのかが分かった。
ナポレオンが手を彼の腕から膝へと落とし、そこを強く揉み、腿を撫で上げる。再びぞくぞくと身震いがした。が、彼はどうにか声を落ち着かせた。
「Napasha、どうして昼まで待つのさ?ミーティングが済めば、僕等のオフィスで会えるだろ」
ナポレオンは、欲情とも言えるような表情を浮かべてパートナーに被さって来たが、ウェイバリー課長が入ってきたところで動きを停めた。彼は素早く立ち上がって、自分の椅子に戻り、パートナーに小さく視線を投げかけた。
課長は戻っても、ほとんど彼等を見ずに話しはじめた。
「諸君、ミーティングは延期になった。十分後に重要な会合があるのだ」
ソロがさっと立ち上がり、思わせぶりにパートナーを見遣った。イリヤは席に就いたまま、言った。
「イエス・サー、しかしあの島での事件の報告は要るでしょう。ちょっとお時間を頂けますか」
彼は振り返ってナポレオンを見た。
「ナポレオン、15分後にオフィスで会おう。いいね?」
ナポレオンは彼をじっと見つめ、ドアから出ていった。
「――いいだろうミスタ・クリヤキン。何か私に相談したい事があるようだね」
ウェイバリーの口調は落ち着いていた。イリヤは、自分の上司と目を合わせた。
「Sir、あれはナポレオン=ソロではありません。多分僕のパートナーは、また偽者とすりかえられたんです」
彼は今言った台詞に、自分で顔を顰めた。ウェイバリーの目が大きく見開かれた。
「本当かねミスタ・クリヤキン?私には彼そのものに見えるが」
イリヤは暫らく視線を落とし、ふたたび上司に顔を向けた。
「Sir、僕は自分のパートナーをよく知っています。あれは、絶対に彼ではない」
彼は深く息をついた。
「さっき彼は僕の『気を引いて』きましたよ。ナポレオン=ソロが僕や、他の男の気を引くなんてまず有り得ない。それはもう幾度となく話し合っていたことです」
「何か考えがあるのかね、ミスタ・クリヤキン?」
イリヤは暫らく思いを巡らし、顔を赤らめながら答えた。
「Sir、僕なら簡単に証明できます。あの男はオフィスで会おうと言ってきました。もしあの男がナポレオンなら、すぐ後で喜んでお目にかかりましょう。でなければ、彼に、僕を誘惑させるよう仕向けてやる。そうなれば絶対だ。僕の合図で踏み込めるようにバックアップを整えておきます」
ウェイバリーは、彼に視線を注いだまま話した。
「では君達のオフィスの監視装置をオンにしておく。君にトラブルがあった場合は、私が警備に指令を出せる。確かな事実なんだね、ミスタ・クリヤキン?」
「それを確認しなければいけないんです、Sir。そしてこの男が、ナポレオンを見つける唯一の望みだ。僕は――彼を生きて連れ戻したい」
イリヤは椅子から立ち上がった。
「他の者と相談して、5分以内にオフィスに行きます」
それ以上話さず、イリヤはドアを出た。
バックアップを組むのにはほんの2、3分とかからなかった。ポケットのコミニュケーターをオンにし、彼の一言で武装した警備員が部屋へ入って、偽者を取り押さえるのだ。
イリヤは暫し躊躇してから、自分とナポレオンのオフィスへ戻った。自分の友人に何が起こったのかを必死に考えまいとしながら。
オフィスに入るとソロが待っており、イリヤが歩み寄った時、彼はドアの方を振り返った。彼の顔に浮かぶ微笑みは、退廃的<デカダンス>でさえあった。
自分の机に向かい、椅子についた時、ふとイリヤに迷いが生じはじめた。
「ナポレオン、何かあったのかい?」
さりげなく尋ね、その応答が自分が疑っているようなものでないことを願った。
ソロは彼の傍へ寄り、両手を、ロシア青年の肩に置いた。
「どうして?何かあったふうにでも、Tavarisch?」
彼はその理由を求めて、パートナーを注意深く観察しているようだった。
イリヤは向き直って立ち上がり、パートナーと視線を合わせた。
「いや、ただ、君が何か考えてるみたいだったから」
彼はひたすらそのままで、相手に先を促した。
「この5日間、僕はずっと寂しかったよ」
そして少しばかり煽ってみることにした。
『ナポレオン』の意志は決まったようだった。
「僕も君がいなくて寂しかった、Tavarisch」
彼は自分より小柄な男に腕を回した。
「ふたりでここを出よう」
早口でそう言う。その息遣いが短く早くなり、顔には欲望が顕れている。
今度こそイリヤは確信した。これは、絶対に自分のパートナーではない。ナポレオン=ソロは決してこんなふうに抱き付いて来たりはしないのだが、上司にそれをはっきり証明する必要があった。
あともう少し続けさせなければと、彼はこの虫唾の走る苦行に耐えつづけていた。
「ナポレオン、今すぐには出られないって…30分以内に会議があるんだ――…」
彼は一言ずつを延ばして言い、何が起こるかを待ちうけた。偽者は、彼の瞳を覗き込んだが、何もおかしなところは見つからず、顔を傾けて唇をイリヤのそれに軽く触れ合わせ、引き寄せて互いの身体をぴったりとくっつけた。
「待てない――今、君が欲しいんだ」
彼の瞳が、欲求にぎらついている。
イリヤは彼に、激しく口接けられるに任せて意識を飛ばし、これが本当に自分のパートナーで、友人であると想像してみたが……そんなことが起こるわけがない。
「僕は、君を止めやしないよ、ナポレオン……」
彼は偽者と同様に、吐息のような声音を作った。
ソロの偽者はすっかり自制心を失っていた。イリヤのシャツに手をかけて即座に頭から抜き去り、掌で彼の身体を愛撫しながら、相手のボトムを脱がし始めた。その時、不意に彼は、ロシア人がひとことこう言ったのを耳にした。
「今だ」
オフィスのドアが大きく開いて、ウェイバリーと4人の武装警備員がなだれ込み、ブルネットの男に銃を突き付けた。
「イリヤ?」
偽者がいぶかしげな表情を浮かべた。
クリヤキンは、警備の者がその男を取り押さえるのを待ち受けて、彼の喉を絞め上げ、背中から壁に押し付けた。
「本物のナポレオン=ソロはどこにいる?」
低く怒りに満ちた声で言い、徐々に力を込めていく。
「イリヤ?一体全体、何だって言うんだ?」
偽者は、顕われた怯えを取り繕おうとしていた。
「僕はナポレオンだ。判ってるだろ?」
イリヤの声が更に辛辣なものになる。
「お前が誰かは知らないが、僕のパートナーじゃない。僕のパートナーは、さっきお前が僕にしてたようなこと、しようとも思わないよ」
偽者の表情にあきらかな恐怖が射した。
「で、でも、皆が知ってるように、僕等は……」
クリヤキンが酷薄に微笑む。
「違うなあ。みんなそういう噂を聞かされていてね、僕と奴だけが、それはみーんな噂だって知ってるんだ――ナポレオン=ソロが男に手を出したりするもんか」
その瞬間、偽者の顔に打ちのめされた陰がよぎるのをイリヤは見た。
その一瞥に、掴む手の力が緩んで、その男は不意にイリヤの腕を掴んでねじ上げ、自分の盾になるようにした。銃はすべて男にではなく、イリヤの方を向いている。
「俺達はその噂を信じてたさ、お前のパートナーが認めようとしなくても。俺は実際、この任務を待ちかねてたんだ」
男の腕がクリヤキンの喉に強く押し付けられた。
「今すぐここを出せ、でなきゃこいつを殺す」
彼はウェイバリーを見遣った。
イリヤは偽者の方へ身をよじり、呼吸を保とうとした。
「ナポレオン、は、生きているのか?」
彼は喘いだ、その身体は相手に屈服したようだった。
「YES」
その男に言えたのはその一言だけで、イリヤは偽者の腹に強い肘打ちを食らわせ、背負い投げをかけて床に叩き付け、更に飛び掛かって、顎に続けざま二発の拳を入れた。
彼が三度目の拳を振り上げる前に、他の者が割り込んできて、男を捕まえるとともに助けてやった。
「僕のパートナーは、何処だ?」
イリヤ=クリヤキンは男の前に立ちはだかった。男は、冷ややかな視線を投げて相手を無視した。
イリヤは警備の者に指図し、偽者は外に引っ立てられていった。
「大丈夫かねミスタ・クリヤキン?」
ウェイバリーが尋ね、気遣わしげな表情で彼の顔を見遣りながら近づいた。
「大丈夫ですSir。間違いであってくれたらと――」
イリヤは出口に向かった。
「ナポレオンの捜索にかかります」
そして彼はドアを出た。
手に入れた情報源から何がもたらされるのか、その恐ろしさに、イリヤの胃の腑は捩じ上げられるようだった。
***
偽者が発見されてから2日が経過した。
本物のナポレオン=ソロの手がかりは杳として見つからなかった。U.N.C.L.E.全職員および情報源で探っても幸運の兆しはない。
イリヤ=クリヤキンはパートナーに再び会える望みをほぼ失いかけており、失望の余り、自暴自棄になりつつあった。
クリヤキンはウェイバリー課長の部屋のドアを静かにノックして入り、デスクごしに座っている人物に対面した。
「おはようございます、Sir」
彼は穏やかに言った。ウェイバリーは問いたげに彼を見た。
「おはようミスタ・クリヤキン。私に何か用かね?」
彼は部下を手招きし席につかせた。イリヤはゆっくりと腰掛け、自分の考えをまとめようとしていた。彼は自分の上司に、これが如何に重要なことであるかを理解してもらわねばならず、また一方で、それがどんな反応をみせるかについても承知していた。
「Sir……」
彼はそこで言い止めた。
ウェイバリーの表情が変化し、何か感づいているような様子になった。
「君は、自分のパートナーのためにある計画を思いついている、君の迷い方からすると、多分それは私が賛成できないような種類のものらしい」
イリヤは深く息をついた。
「Sir、僕等はナポレオンの手がかりを見つけられませんでした。偽者を捕らえてから2日が経っています。彼を無事に発見しようとするなら、もう時間がない」
彼は自分の声や表情を押し殺そうとしていた。
「僕に考えがあります、が、それには貴方の了解と、僕に約束を破らせないという保証が必要だ。Sir、僕はもう偽者と取引きをしました。ナポレオンを見つけるにはどうしたらいいか話すことを、奴は承知した」
今ウェイバリーは気遣わしげに彼を注視していた。
彼は自分の部下をよく承知しており、ことの成り行きは、あきらかに自分の好むところではなくなっている。
「ミスタ・クリヤキン……イリヤ、君がミスタ・ソロを心配するのは分かるが、スラッシュの者と取引きすることが、良い前例になるとは思えないね。彼は何を要求している?自由か?」
イリヤは長い息を吐き出した。
「Sir、僕はもう奴に刑務所行きを伝えてあります。奴の要求は、U.N.C.L.E.の隠れ家での2日間です。警備を配置してもいいし、脱走は企てないと約束しました」
イリヤはまた言い淀む、ここが最大の難所であった。ウェイバリーは彼をいぶかしげに見遣った。
「隠れ家での2日間、何の為だ?彼の本当の狙いは?」
クリヤキンは彼を真っ直ぐに見据えた。
「僕、です、Sir。僕が奴を捕まえたその仕返しをしたいのか、あるいは単にこの間やりかけていたことの続きがしたいのかは知らないが――奴と一緒に2日間過ごすことは、既に了承しました」
視線がどうしても下を向いてしまう。
「奴が欲しがるなら、僕は何でもくれてやる」
彼は再び視線を上げて上司と目を合わせた。彼の顔は堂々と正面を向いていた。
「イリヤ、私には到底承認出来……」
それ以上言う前に言葉は遮られた。
「Sir、これは僕自身で決めた事だ。僕はもう納得していて、あと必要なのは2日間の休暇と、施設の使用許可だけです」
イリヤは上司が否むより先にと話を急いだ。
「Sir、僕はナポレオンを取り戻すためなら何でもする。こんなことは何でもないし、自分のパートナーを救うために手段を尽くせないまま、彼を死なせたくない」
彼の目に涙が浮かんだが、表に出る前にさっと瞬きをして抑え込んだ。
「お願いですSir。以前U.N.C.L.E.にもっと厄介なことを頼んだこともあったでしょう。今度はナポレオンの為です。僕には、彼を死んだものと諦めることは出来ません」
ウェイバリーは黙ったまま、自分の部下を上から下まで凝視した。
「確かかねミスタ・クリヤキン。時間があれば、もっといい方法が見つかるのでは?」
イリヤは立ち上がり、壁との間を行き来した。
「今日明日のうちにナポレオンを見つけなければ、きっと彼は殺されるでしょう。仲間から何の報告もされなければ、そいつに何かあったことが分かってしまう。課長の承認が得られれば直ちに、奴はナポレオンを見つけるための詳細な情報を与えてくれます。この取引きは、彼を生きて取り戻す為に唯一有益であり……そして僕は、パートナーを見つける為なら悪魔とだって取引きする」
彼は椅子に戻って答えを待った。友人の未来はあと数分内にかかっているのだ。
ウェイバリーは暫し瞑目し、目を開いて自分の部下を見た。
「では承認を出そう、ミスタ・クリヤキン、しかしこの事を君のパートナーにどう説明するつもりだね?彼がこれを気に入るとは思えないし、実際のところ、君に対しひどく腹を立てるだろう」
イリヤの表情が悩ましげなものに変わったが、次にはそれを覆い隠した。
彼にはパートナーの事も、こういう事に対する彼の感情も分かっている。ナポレオン=ソロは、このことが済めばもう自分と一緒にやっていくのを望まないだろう。
「だが彼は殺されない――それが重要なんだ。彼の怒りは甘んじて受けましょう」
彼は立ち上がった。
「Thank you,Sir。 ナポレオンを捜索に行く時にはお知らせします」
彼は出口に向かったが、ウェイバリーの言葉に立ち止まった。
「君はまさに良き友でありパートナーだよミスタ・クリヤキン。ミスタ・ソロが感謝することを祈ろう」
ウェイバリーの口調は優しかった。
クリヤキンはそのままドアを出て、偽者の居る留置所まで立ち止まらずに歩いた。
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